起業家・経営者ならこれだけは知っておきたい契約のコツ 契約で損害賠償額を制限してみよう! 【厳選例文】
契約で損害賠償に制限を加えるテクニックを解説します。
■そもそもなぜ「契約書」でなければならないのか?
契約書はよく、
「リスク予防になる」
といわれています。
たしかに紙に書いておくことで、
「言った」「言わない」「聞いてない」が防げることを、
私たちは体験的に知っています。
ただ、それだけならなにも契約書でなくても、
メールやメモ書きでも済むような気がします。
でも、あえて契約書にする理由(メリット)は、
ただのメモや記録と違い、
条文をより複雑で具体的に編集できるという点にあります。
ようするにただのメモより契約書のほうが、
当事者の真の意図が正確に、くわしく伝わるわけですね。
では、契約書の条文は、
具体的にどのようにリスクを予防しているのでしょうか?
もちろんたくさんの具体例を挙げることができますが、
私が最も重視する点は、
支払、解除、損害賠償の3点です。
時間が足りなければ、
最低限ここだけチェックすれば、
なんとかなります。
ほとんどのビジネス契約書で主要な論点になるポイントだし、
実際に多くの契約書で使われていて、
実践的な要点だと思われるからです。
もし、さらにひとつに絞り込めといわれたなら?
絶対に覚えておくべき「要点のなかの要点」は、
この「損害賠償」という契約条項です。
■そもそも損害賠償って?
まずこの論点の背景を説明しましょう。
ビジネスでなにかミスをしてしまったら?
謝る、やりなおす、もとにもどす、・・・
などの対応がとられますよね。
そしてもしも、
謝った程度では済まなければ、
金銭的に補償することになるでしょう。
これが損害賠償です。
では同じことをもう少し法律的に言いなおしてみましょう。
私たちがビジネスをしていくとき、
普段は意識しなくても、法的には
さまざまな法律にもとづく「損害賠償責任」を負っています。
まあ「初期設定」といういうか、法律という土俵というか、
デフォルトのルールみたいなものですね。
だから「約束した品物に不良があった」り、
約束の全部か一部が「守られなかった」り、
あるいは違法な方法で相手に「損害を与えてしまった」としたら、
それを賠償しなければいけないよね、
と決まっているのです。
■どのような場合にどれくらい賠償するのかは難問
「与えた損害を賠償する」という理屈は
なるほど当然の常識といえると思いますが、
問題は、
いざ実際に賠償するとなると具体的な判断がとても難しいことなのです。
損害を与えたこと自体は明白でも、
☆それがどこまで賠償されるべきか(範囲)、
☆賠償額はいくらなのか(金額)、そして
☆いつまでそれを請求可能なのか(期間)は、
通常は決まっていないからです。
そこで、
こういう不確定な要素はなるべく減らしたい、
ビジネスの予測可能性を高めたい、
というわけで、
ならば契約によって
「損害賠償の具体的なルールを決めておきましょう」
という発想になるのです。
■ポイントは範囲・期間・金額の3つ!
さきほど、
さまざまな法律にもとづく「損害賠償責任」を負っている、
と書きましたが、
その根拠を示す意味でも、
ここで民法の条文をひとつ紹介しておきます。
これは損害賠償の定めの例として、
民法634条があります。
---------
民法 634条
1 仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
2 注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第533条の規定を準用する。
---------
これはようするにどういう意味でしょうか?
誰かからお仕事を請け負ったときに、
その請け負った人には、
注文してくれた人に対して、
そのとおりに仕事を果たすという義務があります。
(たとえば、あるシステムの制作を請け負ったとしたら、
約束したとおりに完成させて納入する義務がありますよね。)
ではもし、
完成させた品物になにか傷がついていたら、
(システムに未完成の部分などがあったりしたら)
どうすべきか?
それは請け負った人の責任で、
どうにかしなければならないでしょう。
先ほどの条文の第1項にも、
注文者から「直してくれ」といえますよ、
と書いてありました。
さらに先ほどの634条を読んでみると、
第2項には、
注文者には
「瑕疵修補に代わる損害賠償請求権」
と、
「瑕疵修補請求とともにする損害賠償請求権」
があるよ、
と書いてあります。
簡単にいえば、注文した人は、
納入されたものが約束どおりでなかったのだから、
「直してくれ!」というかわりに「賠償金をくれ!」といってもいいし、
「直してくれ!」といいつつ「+賠償金もくれ!」といってもいい、
というのですね。
つまりシステム制作の例でいえば、
納入後に重大なシステムの不具合があったとして、
注文者は自分でそれを直すとか、
第三者に直してもらったりしてかかった費用を、
請負人に賠償請求できるということでしょう。
さらにもし、
その重大な不具合によってシステムがとまり、
その影響で他の仕事にも損失が生じたなら、
それも賠償請求できる余地があることになります。
仕事のミスにたいして、
注文者にはさまざまな請求の権利が、
請負人には担保する責任が生じる、
こういうルールは、
瑕疵担保責任ということばで知られています。
請負人や売主には、
売った後もある程度は責任があるのだという意味です。
この、「ある程度は」という部分が問題です。
■民法どおりでいいのか問題
たしかに、
請負人や売主には、誠実に約束を果たす義務がありますが、
我々は常に民法どおりの義務を負うべきなのでしょうか?
義務や責任というのは、
一般法の条文のようなあいまいかつ広範囲なルールのままでは、
解釈の幅が広すぎてリスクが大きいことがあります。
請負った仕事の納入後や売った後にどれくらい責任が残るべきかは、
仕事や製品の性質や、業界の慣習、
そもそもの買主の期待度合いなどによってさまざまのはずであり、
ケースバイケースのはずです。
そして重要なポイントは、
契約である程度変更することができるという点です。
もしなにも契約しないでいるとか、
契約で決めていないときは、
民法その他の法律がそのまま適用されます。
逆にいえば契約しさえすれば、
法的な義務であっても
原則としては当事者間の契約によって調整することができます。
契約自由の原則により、
当事者の意思が尊重されるからです。
では、
実際の契約実務では、
どのような調整が意図されているのでしょうか?
たとえば、
とされているところを、
「6か月間以内」などと、契約で短くすることはよくあります。
請け負った側としては、
責任追求可能な期間がより短いほうが、
いくぶん有利だからです。
くりかえしになりますが、
契約で定めることで、
当事者間では原則としてそちらが
瑕疵担保の請求可能な期間となるのです。
あるいはまた、
契約上は「過失責任」として規定することもよくあります。
(つまり請負人に非が無ければ、責任を負わないという意味です。
請負人にとってはこちらのほうが納得性がありますよね。)
では、損害賠償の条文テクニックを
さらに具体的にイメージできるように、
実際に条文をつくってみましょう。
■損害賠償の条文の具体的な作り方
例文をつくってみましょう。
一方的に義務を負わせる「片務」条項にしてもいいのですが、
例文は汎用性を重視して、
お互いに損害賠償責任を負うような規定にしておきます。
まずは出発点として簡単に、
「損害があったら相手に賠償請求できる」、
という意味の文を書いてみましょう。
だいたい、
------------------------------------------------------------------------------------
(損害賠償)
第 条 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責に帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、損害賠償を請求することができる。
------------------------------------------------------------------------------------
といった条文がいいと思います。
簡単ですね。
ポイントは、
「相手方の責に帰すべき事由により」
と、過失のあった場合に限定しているところです。
これだけでも一般的な契約書の条文として通用しますが、
もっと経営者としての意図を反映するような条文に、
アレンジしていきましょう。
コツは、損害賠償責任の
「範囲」
「請求期間」
「金額」
の3つに着目することです。
(この3つはぜひ覚えてしまってください。)
・範囲の明確化
まずは賠償の「範囲」を明確にしましょう。
たとえば、先程の条文に、
------------------------------------------------------------------------------------
(損害賠償)
第 条 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責に帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、・・・の損害に限り、損害賠償を請求することができる。
------------------------------------------------------------------------------------
などとつけくわえることにより、
賠償できる損害の範囲が広がりすぎることを防ぎます。
では、どのような損害に「限れ」ばよいのでしょうか?
”決まり文句”を3つ挙げてみます。
例1 「直接の結果の損害に限り」
「直接」ですので、
間接損害や二次被害を含まないという意味でつかわれる表現です。
たとえばひとつのシステムの不具合が、
他の業務に影響して、そこでチャンスロスを生じたというような、
損害の広がりに対して限定する趣旨です。
例2 「現実に被った損害に限り」
「現実」といった場合は、具体的に金銭的な損害があることを意味していて、
逆にいえば「システムがとまらなければ、これくらいは稼いでいたはずだ」、
というような、想定とか逸失利益は、損害に含まれないといいたいわけです。
例3 「通常の損害に限り」
「通常」の損害とは
通常予見しうる損害ということです。
通常損害は
「こういうことが起こった場合には、
通常それが原因でこういう結果(損害)が当然起こるよね。
これは普通に予想できる結果だよね」
みたいな意味であり、
別の表現をすれば
「特別の損害」を含まないという意味でもあります。
この「特別の損害」というのも
法律的なことばなので少し説明を足すと、
民法における損害賠償の範囲の考え方は、
416条1項で
「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする」
と原則を定めていまして、
さらに2項では
「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる」
と定めています。
こちらを「特別損害」といいます。
「通常の損害に限る」という言葉をあえて使った場合、
「損害の範囲は誰もが予見しうるものだけに限定しよう」
という意図があります。
以上を 組み合わせて、
「直接かつ現実に被った通常の損害に限る」、
などということもあります。
・請求可能期間の明確化
次のポイントとして、
いつまで損害賠償が請求可能なのか、
という、その期間を明確にしていきましょう。
文例は、
------------------------------------------------------------------------------------
(損害賠償)
第 条 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責に帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、○○○の損害に限り、損害賠償を請求することができる。ただし、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から○ヶ月間が経過した後は行うことができない。
------------------------------------------------------------------------------------
としてはどうでしょうか。
請負人から提示される契約書の多くは、
この期間は民法の規定(原則1年)よりも短く(6か月などと)設定していることが多いです。
・金額の明確化
最後に、金額の明確化です。
損害賠償の金額に上限を設けてみます。
------------------------------------------------------------------------------------
(損害賠償)
第 条 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責に帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、○○○の損害に限り、損害賠償を請求することができる。ただし、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から○ヶ月間が経過した後は行うことができない。
2 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める○○○の金額を限度とする。
------------------------------------------------------------------------------------
のように、賠償金額に上限を設定することで、
具体的に賠償額を制限させることができます。
金額は「100万円」のように絶対額で規定しても構いませんし、
「契約金額」、「すでに支払われた額」、など、
間接的に金額がわかるように規定する例もあります。
いくらが妥当だとか、
相場があるわけではないので、
金額の設定は難しいのですが、
請負人としては、過度に損害賠償額が大きくなりすぎるのを防ぐ趣旨がありますので、
金額を控えめに設定する傾向があります。
逆に、買主、注文主の側は、
万が一の損害のあったときのために、
賠償額が限定されては不利なので、「上限は削除する」方向で、
交渉してきます。
買主、注文主としては、
上限規定の適用除外を付け足すことがあります。
つまり、損害賠償の上限は認めるけれども、
売主や請負人の重過失による損害には上限は適用しない、
などとするのですね。
------------------------------------------------------------------------------------
(損害賠償)
第 条 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責に帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、○○○の損害に限り、損害賠償を請求することができる。ただし、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から○ヶ月間が経過した後は行うことができない。
2 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める○○○の金額を限度とする。
3. 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。
------------------------------------------------------------------------------------
■まとめ
損害賠償の条項は、
多くのビジネス契約書に含まれています。
単純に「賠償すべし」、というだけのものから、
「金額」を規定するものまで様々です。
ご自身のケースや立場にとって、
賠償額を制限したほうがメリットになりそうな場合は、
ぜひこの条項にもきちんと目を向けて、
こだわってみてください。
■例文、ひな形活用のポイントは?
ひな形はできれば複数あつめて、
参考にしながらご自身の契約に仕上げていくことが望ましいです。
手順としては、
①まずは、ワードなどにコピー&ペーストします
②内容をよく読み、自社(自分)にとっての権利が
もれなく書かれているかどうか確認します。
③同様に、相手方の義務がもれなく書かれているかどうか確認します。
④そのビジネス特有の仮定条件「もし、・・・だったら」を考えて、あらかじめ記載しておくと紛争予防に役立ちます。書き加えましょう。
⑤加除修正を加えたら、条文番号などがずれていないか、再度確認しましょう。
⑥最後に、レイアウトを整えましょう。
もし気になる点があれば、
添削サービスも行っていますので、
ご利用ください。
最適な契約書で、かっこよく、
安心してビジネスをすすめたいですね!
*1:(請負人の担保責任)
第634条
仕事の目的物に瑕疵があるときは、注文者は、請負人に対し、相当の期間を定めて、その瑕疵の修補を請求することができる。ただし、瑕疵が重要でない場合において、その修補に過分の費用を要するときは、この限りでない。
注文者は、瑕疵の修補に代えて、又はその修補とともに、損害賠償の請求をすることができる。この場合においては、第533条の規定を準用する。
*2:(売主の瑕疵担保責任)
第570条
売買の目的物に隠れた瑕疵があったときは、第566条の規定を準用する。ただし、強制競売の場合は、この限りでない。
*3:(地上権等がある場合等における売主の担保責任)
第566条
売買の目的物が地上権、永小作権、地役権、留置権又は質権の目的である場合において、買主がこれを知らず、かつ、そのために契約をした目的を達することができないときは、買主は、契約の解除をすることができる。この場合において、契約の解除をすることができないときは、損害賠償の請求のみをすることができる。
前項の規定は、売買の目的である不動産のために存すると称した地役権が存しなかった場合及びその不動産について登記をした賃貸借があった場合について準用する。
前二項の場合において、契約の解除又は損害賠償の請求は、買主が事実を知った時から一年以内にしなければならない。