契約書業務マニュアル

平成15年から契約書だけをつくり続けてきた契約書専門の行政書士

不可抗力とはなんですか? 後編

前回の続き。

「不可抗力」 という言葉について もう少し詳しく確認しておこう。

広辞苑によれば 不可抗力は、

① 天災地変のように人力ではどうすることもできないこと。

② [法]外部から生じた障害で通常必要と認められる注意や予防方法を尽くしてもなお防止し得ないもの。

などと説明されている。

おおよその意味はわかるが、 不可抗力と契約書に書いてあったからといっても、 その定義は必ずしも厳密なものではない。

契約書では この点に気を付ける必要がある。

不可抗力が原因で、 といった場合の不可抗力の範囲が、 人によって違う可能性があるからだ。

そこで参考までに、 「不可抗力」という単語が 法律中で用いられている例を探してみると、 「天災その他の不可抗力」 という言い方が多い。

そして、 日本の法令上は、 「不可抗力」の意味を 直接具体的に定義しているものは 無いみたいである。

具体例をいえば たとえば建設業法には

第十九条 建設工事の請負契約の当事者は、前条の趣旨に従って、契約の締結に際して次に掲げる事項を書面に記載し、署名又は記名押印をして相互に交付しなければならない。一~五(略)六 天災その他不可抗力による工期の変更又は損害の負担及びその額の算定方法に関する定め七~十四(略)

とある。

また、 「建設業法解説 改訂9版」 建設業法研究会編著 大成出版社 2001 年には、

「天災その他不可抗力」とは、 台風、地震、豪雨等人力をもってしては防ぐことのできない異常な災害、 その他社会通念上可能な限りの防止措置を講じても抗することのできない事故等で注文者及び請負人の双方の責に帰すことのできないものをいう。

という解説がある。

具体的で、 定義条項の参考になろうと思う。

民法においてはどうだろうか。

第二百七十四条 永小作人は、不可抗力により収益について損失を受けたときであっても、小作料の免除又は減額を請求することができない。

第二百七十五条 永小作人は、不可抗力によって、引き続き三年以上全く収益を得ず、又は五年以上小作料より少ない収益を得たときは、その権利を放棄することができる。

第三百四十八条 質権者は、その権利の存続期間内において、自己の責任で、質物について、転質をすることができる。この場合において、転質をしたことによって生じた損失については、不可抗力によるものであっても、その責任を負う。

第四百十九条 金銭の給付を目的とする債務の不履行については、その損害賠償の額は、法定利率によって定める。ただし、約定利率が法定利率を超えるときは、約定利率による。 2(略)3 第一項の損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない。

第六百九条 収益を目的とする土地の賃借人は、不可抗力によって賃料より少ない収益を得たときは、その収益の額に至るまで、賃料の減額を請求することができる。ただし、宅地の賃貸借については、この限りでない。

第六百十条 前条の場合において、同条の賃借人は、不可抗力によって引き続き二年以上賃料より少ない収益を得たときは、契約の解除をすることができる。

といった条文をみつけることができる。

ところで ここで疑問なのが、 天災といっても、 いろいろだということである。

強い台風も ある意味天災であるが、 台風は日本列島にしょっちゅうやってくる。

ある意味、「よくあること」、 ではないだろうか。

つまり、程度の差というか、 基準のようなものを 明らかにしないとならないのではないか。

そこで 国土交通省関東地方整備局が定めた 「土木工事共通仕様書」(平成21 年4 月改定) をみると、 天災等の基準について 以下のような記述がある。

(第1編共通編 第1章総則 第1節総則) 不可抗力による損害 1.請負者は、災害発生後直ちに被害の詳細な状況を把握し、当該被害が契約書第29 条の規定の適用を受けると思われる場合には、直ちに工事災害通知書により監督職員に報告するものとする。 2.契約書第29 条第1項に規定する「設計図書で定めた基準」とは、次の各号に掲げるものをいう。 (1)波浪、高潮に起因する場合 波浪、高潮が想定している設計条件以上または周辺状況から判断してそれと同等以上と認められる場合 (2)降雨に起因する場合次のいずれかに該当する場合とする。 ① 24 時間雨量(任意の連続24 時間における雨量をいう。)が80mm 以上 ② 1時間雨量(任意の60 分における雨量をいう。)が20mm 以上 ③ 連続雨量(任意の72 時間における雨量をいう。)が150mm 以上 ④ その他設計図書で定めた基準 (3)強風に起因する場合最大風速(10 分間の平均風速で最大のものをいう。)が15m/秒以上あった場合(4)河川沿いの施設にあたっては、河川の警戒水位以上、またはそれに準ずる出水により発生した場合(5)地震津波、豪雪に起因する場合周囲の状況により判断し、相当の範囲にわたって他の一般物件にも被害を及ぼしたと認められる場合3.契約書第29 条第2項に規定する「乙が善良な管理者の注意義務を怠ったことに基づくもの」とは、設計図書及び契約書第26 条に規定する予防措置を行ったと認められないもの及び災害の一因が施工不良等請負者の責によるとされるものをいう。

雨量によって該当性を判断するなど、 実に細かく基準がもうけられている。

なかなか通常の契約書では ここまで細かいのは珍しいのだけれど、 まあようするに たんに「不可抗力」としておけば安心なのではなく、 不可抗力に該当する場合はどのようなものがあるか、 損害の範囲や対応はどうあるべきか、 などを想定して規定したい。

実際にどのような不可抗力が影響しそうか、 その場合の具体的な損害額は 自社にとってどれほどのリスクになるかを考え、 どの程度詳細に規定すべきかを検討する必要がある。

簡単にいえば、 金銭的リスクを負う可能性の問題だ。

たとえば、 屋外で実施する工事の進捗などは、 自然災害があれば工期にやはりかなり影響するだろう。

またその場合は どうしても納期の遅れや費用の増減を生じるだろうから、 不可抗力への対応を規定することは 当事者にとってかなり重大である。

しかし、 そもそも物理的な物の移動を伴わない、 コンサルティング契約などであれば、 自然現象による影響とか、 それによる経済的リスクというのが、 小さいということは予想できる。

自社にとって 現実的に救済となるような条項を、 よく検討して、 過不足のない契約書を起案したいものである。