契約書業務マニュアル

平成15年から契約書だけをつくり続けてきた契約書専門の行政書士

契約書は、3か所読めば9割分かる! その6(誰にとって有利なのか)

契約書専門の行政書士の竹永です。

 

「3か所読み」の具体的な方法について説明します。

  

この3か所だけは絶対チェックしよう

 

チェックポイントは、次の3点です。 

 

状況説明を読もう(誰が誰に、何を、いくらで)

解除を読もう(どんなときに解除できる/されるのか)

損害賠償を読もう(どの程度賠償してもらえるか/させられるか)

 

 

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前回までで①と②を説明しましたので、最後のチェックポイントとして、

③損害賠償です

 

これは万が一のとき、契約の相手方に損害を賠償してもらえるかどうかの条項です。

 

相手の契約違反による損害は賠償してもらえるか?

 

損害賠償は、「もし・・・」そうなったらという「仮定」の話であるがゆえに、うまく交渉したいところです。実際に今目の前にあることではなく、そうなった場合という話なので、正解がみつけにくい部分です。

 

万が一、・・・というのは、たとえば成人式に着物をレンタルしてくれるという業者が、当日になっても着物を提供してくれなかったために「たいせつな成人式がだいなしになってしまった」みたいなケースです。売主が契約上の義務を履行しなかったことによって、買主が何らかの損害を被るわけです。

 

そもそも相手方が約束を守ってくれなかったこと(債務不履行)により、損害が生じたら、その賠償はしてもらえるのでしょうか? 法律上、相手のせいであれば、賠償されるべきということになります。少し詳しく確認します。

 

民法ではどう考えるか

 

民法には、債務不履行にもとづく損害賠償のルールが書いてあります。

 

債務不履行による損害賠償)【全部改正】
第415条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2  前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一  債務の履行が不能であるとき。
二  債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三  債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。 

 

このように「相手がちゃんと履行しなかったのだったら、それによる損害の賠償を請求することができる」という意味のことが書かれています。

 

もう少し具体的にいうと、債務不履行による損害賠償には3つの要件があります。つまり「債務不履行」があること、「債務者の帰責事由」があること、「損害の発生と因果関係」があること、という3つのポイントが揃うと、賠償を請求することができる、というものです。

 

そこで一応、これらの用語の説明をしておきます。

 

債務不履行とは

 


債務不履行は伝統的に、「履行遅滞」、「履行不能」、「不完全履行」の3種類があると説明されています。

 

履行遅滞」とは、履行が可能であるのに履行期に履行がないこと。①確定期限がある場合にはその期限が経過した時、②不確定期限がある場合には(請求を受け取った時又は)債務者が期限の到来したことを知った時、③期限の定めがない場合は債務者が履行の請求を受けた時から、遅滞の責任を負います。ようするに、仕事の納期や、締め切りに間に合ってないという状態です。

 

履行不能」とは、債務の履行が不可能となっていることです。そもそも仕事自体ができない状態です。

そして「不完全履行」とは、一応履行はあったけれども、それが債務の本旨に従ったものとはいえない場合です。納品はあったけれどもなにか足りなかったというような場合ですね。このように、納期に遅れているとか、納品できなくなってしまったとか、納品しても何かが間違っていた場合、債務不履行になり得ます。

 

帰責事由とは

 

債務者の帰責事由とは「債務者の責めに帰すべき事由」とか「故意または信義則上これと同視すべき事由」といわれていますが、ようするに「わざと」か、「わざとではないにしても注意不足」によって債務不履行を招いてしまうことです。

 

ところで、わざとかどうか、注意不足だったかどうかはどうすればわかるのでしょうか? 客観的な立証は難しいですね。そこで結局はお互いが主張立証し合うしかないわけですが、このとき当事者のどちらがそれを証明すべきか、ということを、法律用語では「立証責任がどちらにあるか」と表現します。

 

帰責事由の立証責任は債務者の側にあります。つまり自分がわざとではない、不注意ではないということ(故意過失または信義則上これと同視すべき事由がないこと)を立証しなければならないのです。言い方を変えれば、債務不履行があったとして、債務者は自分でその帰責性が「なかった」と証明できないと、損害賠償責任を負うことになります。

 

ちなみにここでいう「損害」とは、「債務の本旨に従った履行がなされたならばあったであろう財産状態と、債務不履行の結果生じた財産状態との差を金額にあらわしたもの」です。

 

 

因果関係とは


因果関係とはもちろん、債務の不履行がその損害の原因になっているという意味ですが、もし因果関係のある損害をすべて賠償しなければならないとするときりがないので、民法でもある程度範囲がしぼられています。

 

具体的には、民法416条に「相当因果関係」の原則が規定されています。

 

(損害賠償の範囲)【一部改正】
民法第416条
1 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

 

つまり損害には「通常損害と特別損害」とがあって、債務不履行があった場合は「通常損害」が賠償されるけれど、「特別損害」についても債務者が予見すべきだったときは賠償されるということです。

 

契約書ではどう書くのがいいか

 

民法が、債務不履行による損害の賠償についてどのようなルールになっているかわかったところで、契約書ではどう書かれるべきでしょうか。

 

そもそも損害賠償ですから、これは予定されていることというよりも、万が一の際の想定です。それでも契約書に書いておくべきなのかどうかは、売主と買主とで意見が分かれるかもしれません。もちろんそんなにまずいことは起こらない前提で、取引をスタートさせるからです。

 

実際この点で契約交渉が難航することがあり「もしものときは民法のとおりでいいのではないか」というのもひとつの決着の仕方です。その場合、損害賠償の条項は非常にシンプルなものになります。

 

たとえば以下のような条文です。

 

甲又は乙が本契約の条項に違反した場合には、甲又は乙は、相手方が必要と認める措置を直ちに講ずるとともに、その損害を賠償しなければならない。

 

簡単にいえば「契約に違反したら賠償せよ」とだけ書いてあります。これくらいシンプルだと、ほとんど民法どおりといった感じです。お互いが納得の上であれば、素早く契約書を完成させられるメリットがあります。

 

逆に言うと、この条文だとシンプルすぎて、いざほんとうに債務不履行が起きてしまった場合には、契約書によるリスクコントロールはほとんど期待できないデメリットがあります。裁判を含めた通常の手続きによらざるを得ません。では、より具体的な条文にするとしたら、どうすればよいのでしょうか?

 

損害賠償にこだわるならこうする

 

損害賠償で問題になるのは、いったいどの程度の損害が、どれくらいの金額で賠償されるかです。そこで損害を「範囲」と「金額」とに分けて考えます。

 

 

分けて考える

  • (A)損害の範囲を考える
  • (B)賠償額を考える

 

 

つまり損害賠償について定めるときに「損害の範囲」を決めるか、「賠償額の範囲」を決めるわけです。

 

 

 

範囲を決める

 

たとえば「通常かつ直接の損害に限り」賠償すると規定します。

 

「通常かつ直接」の損害ですから、債務の不履行そのものだけが賠償の範囲です。いいかたをかえれば、特別にまたは間接的に生じた損害は対象外という意味になります。たとえばその損害が原因となって、売り逃しがあったかもしれないとか、クレームが起きて、そのクレームにかけた謝罪対応の人件費がかかったとか、事態の処理に弁護士費用がかかった・・・などというような損害部分については賠償の対象に含めないということです。

 

ようするに範囲を限定して、損害額が大きくなりすぎるのを防ぎます。

 

 

賠償額を決める

 

範囲ではなく賠償額を決めることもあります。賠償額そのものを「〇〇〇円」とか「〇〇〇円を上限とする」などと「予定」してしまう条項です。

 

これにより万が一損害が発生したとしても、現実の損害額によらず、一定の金額の範囲内に賠償額を収めてしまうことになります。

 

民法も、損害賠償額の予定ができることは認めています。

 

(賠償額の予定)【一部改正】
民法第420条
1 当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。
2 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
3 違約金は、賠償額の予定と推定する。

 

契約書の条文では、例えば次のように規定します。

 

損害賠償の累計総額は、帰責事由の原因となった個別契約に定める〇〇〇の金額を限度とする。

 

たとえば業務委託契約であれば、損害賠償が生じた場合でも、その賠償額は受託者が受け取った「委託料」を上限額とするなどです。(必ずしも委託料等の金額を上限にしなければならないわけではありません。具体的金額を指定することもあります。)

 

誰にとって有利か

 

範囲にしても金額にしても、賠償に制限をつけるということは、売主にとっては有利ですが、買主にとっては賠償額が限定されてしまうというリスクになります。

 

つまり買主としては、万が一の際に十分な賠償が受けられるような規定が望ましいわけです。極端にいえば、範囲は限定せず、金額も無制限に補償されるのが理想ですが、なかなかそうした規定は売主に受け入れられません。

 

ただ、機械的「こう書いてあるから不利」とか「こう書いてあるから間違い」という風に、文言だけで判断してしまうことは危険です。契約書に書いてあることが同じでも、具体的シチュエーション、取引相手は千差万別です。相手は長年のお付き合いのあるお得意様かもしれませんし、今回がはじめての取引となる新規顧客かもしれません。取引額も、取引の頻度も、想定されるリスクも、全く違うはずですので、一概に損害賠償の条文だけで契約のリスクがはかれるわけではありません。

 

 

 

損害賠償の読み方のポイント

  • 債務不履行時の賠償について決まっているか
  • 賠償の範囲が決められているか
  • 賠償の金額(上限など)が決められているか
  • 総合的に自社にとって有利か不利か

 

 

数回に分けて書きましたが、以上が「3か所読み」の基本的な着眼点となります。まずはこの三点に着目して、契約書の概要をつかめるようになると、細かい論点についても自然に検討できるようになるはずです。

 

3か所をクリアにしたうえで、たとえばイラストやデザインなどの成果物を引き渡す契約なら「著作権の帰属」を、請負や販売なら製品の「保証」の問題を、オプション的に考えていけば契約書がチェックできるようになります。

 

 

 

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行政書士 竹永 大 

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