契約書業務マニュアル

平成15年から契約書だけをつくり続けてきた契約書専門の行政書士

免責の妥当性

損害賠償責任を負わない、 という条項はどうなのか という話の、 さらに続きである。

消費者契約法の観点から、 無効と考えられるケースを 観察してきたけれど、

すこし原理にさかのぼって かんがえてみたい。

この手のいわゆる免責条項は、 事業者に落ち度があった場合でも、 その消費者に対する責任を、 負わない(負わなくてよいこととする) という趣旨である場合に、 やはり無効であると判断される。

無効と判断するその根拠は、 実務的にはもちろん、 信義則や 公序良俗違反もあるけれど、

今回のテーマである 消費者契約法による場合は 特に、 事業者と消費者との間の 主に情報面での格差に着目して、 ようするに 消費者保護を目的としているのだな、 ということを確認した。

消費者契約法 第8条1項1号をみると、 事業者に債務不履行があったために 負うこととなる債務不履行責任を、 全部免除する、 といった内容の条項は無効となる ということもわかった。

そこで そもそも 事業者に債務不履行がある、 とはどのようなことなんだろうか。 という話である。

専門的にいえば、 「債務不履行」とは、 債務者が 債務の本旨にしたがった履行をしないこと である。

じゃあ 債務の本旨にしたがった履行とはなんだ、 という部分は解釈論になってくるが、 一般的には

契約の趣旨や 取引の慣行等に照らして 適当な履行をしないこと

である。

つまり、 多少乱暴にいえば、

約束したことが、 その約束通りになされなかったこと、

であるし、 その

「約束通りでなかった」

ということの程度が、 いわゆる契約の趣旨や、 慣行にてらしても、 やはり適切とはいえないというくらいの、 明白な約束違反であること、 というような意味である。

いかにも机上の論理に聞えてしまうのだけれど、 契約したのにそのとおりにしないことを、 債務不履行というのだな ということはお分かり頂けたと思う。

債務不履行は、 教科書的には、さらに 類型を3つにわけて 説明されることがある。

すなわち

①履行が可能であるのに、履行期を過ぎた場合 (履行遅滞)、 ②債務成立後に履行ができなくなった場合 (履行不能)、 ③債務の履行はされたが、それが不完全な場合 (不完全履行

の3類型である。

僕も、大学生のときに 有名な教授がこの類型を 丁寧に教えてくれたことを、 いまでもよく覚えている。

そのときは非常に納得したのだけれど、 実際の取引においては、 必ずしもこのパターンにあてはまらないものも多くある。

が、 便利な考え方ではあるし、 用語は覚えて損は無い。

ところで 債務不履行があったとして、 どうなるのかというと、 ここからが重要なところで、

損害賠償請求権が 生じる場合がある

のである。

もう少し具体的にいえば、 民法第 415条 による損害賠償請求権が 発生する要件として、 通説は、

債務不履行の事実があり、 ②債務者に帰責事由があり、 ③債務不履行と因果関係のある損害が発生していること

としているのだ。

つまり相手の約束違反に これらの3拍子が揃うと、 損害賠償請求ができる、 というイメージである。

この話をすると僕は 素朴な疑問として、 約束違反しただけでは、 損害賠償請求権は 生じないのであろうか? と思ってしまうのであるが、 話がややこしくなるから、 いったん通説を確認する。

この 債務不履行責任の規定例として、 たとえば、 商法560条の規定をみてみよう。

商法560条には

運送取扱人ハ自己又ハ其使用人カ運送品ノ受取、引渡、保管、運送人又ハ他ノ運送取扱人ノ選択其他運送ニ関スル注意ヲ怠ラサリシコトヲ証明スルニ非サレハ運送品ノ滅失、毀損又ハ延著ニ付キ損害賠償ノ責ヲ免ルルコトヲ得ス

とある。

ようするに、

運送取扱人は、 運送品がなくなったり、 毀損したり、 引き渡しが遅れたりしたことについて生じた 損害を償う責任があるよ、

とある。

とはいいながらも、

でもそれは、 運送人またはその使用人が、  (運送品の受取、引渡し、 保管、運送人または他の運送取扱人の選択、 その他の) 運送に関する注意を怠らなかったことを証明しない限りだよ、

と限定を付け加えているのである。

どういうことだろうか。

逆に言えば、 もし仮に、 運送に関する注意を怠らなかったことが、 証明できたとしたら、 賠償責任は負わないという意味になろう。

責めに帰すべき事由が無ければ 賠償責任も負わなくてよいと言っているように見える。

この論点は非常に重要で、 当事者にとって 有利にも、不利にもなる。

つまり、 損害賠償請求権利者側、 債権者側としては、 ここをつっこまれると、 いったい損害賠償請求権が生じるのかどうかが、 曖昧となり、 賠償が受けられるかどうか分らなくなってしまうのだ。

たとえば 約束の相手が遅刻してきたとする。

約束の際、 遅刻したら食事をおごるという、 ペナルティを決めていたとしよう。

しかし、 相手は遅刻したことは認めつつ、 だがそれは電車が事故で緊急停止したからなんだと説明し、 遅延証明までも提出してきたとする。

この場合は、食事はおごらなくてよいのだろうか。 (免責されるべきなのだろうか。)

よくわからない。

遅刻という同じ結果に対して、 責めに帰すべき事由の有無という概念をもちこまれると、 解釈のしかたによって違う結論を 生み出してしまうのだ。

そこで、 債務不履行があれば、 帰責性もあるだろうし、 因果関係もあると断定しやすいような、 結果主義の契約内容にもっていくべきだろう。

なお、 商法第 560条等の規定は、 一般に任意規定とされていることも 指摘しておきたい。

でははんたいに、 この 損害賠償請求権が生じるリスクに対して、 役務提供側、 債務者側としては免責条項において どう対応すべきだろうか?

事業者と消費者間の契約であれば、 事業者側の全部免責は消費者契約法に ふれる可能性があるのだった。

ならば 自社の行為が 債務不履行を構成しないように、 債務の範囲に注意して 慎重に規定していくことが得策である。

そもそも 債務不履行とは、 債務者が債務の本旨にしたがった履行をしないことを指す。

しかもこれは 一般に契約の趣旨や、 取引慣行等に照らして 適当な履行をしないこと、 を意味することは理解できていると思う。

だとすれば 逆に言えば、 その契約により負うこととなる債務の範囲が 技術的に履行可能な範囲に限定されることが 文言上明らかであるような契約内容であれば、 契約上も技術的に履行不可能な行為を為す債務は負わない。

シンプルに言えば、 債務を負わない場合には 債務不履行にはならず、 債務不履行責任は生じない。

たとえば 技術的に履行が不可能なケースであれば、 そもそも債務を負っていないから、 債務不履行責任が発生しない。

よって その場合には、 技術的に履行が不可能な一定の事項について免責しても、 それは消費者契約法にいうところの 「債務不履行責任を免除する」条項には 該当しないのである。

たとえば、 なんらかのウェブサービスのような 役務提供契約において、 技術的に不可能な事由による「一時的中断」 があり得る性質のものは これを免責したとしても、 債務の内容は 技術的に可能な範囲に限られるのだから、

(つまり、 事業者は技術的に可能な範囲で サービスを提供すれば 債務を履行していることとなると 考えられるから、)

消費者契約法第8条第1項1号にかかわらず、 条項は妥当と考えられるのである。