契約書業務マニュアル

平成15年から契約書だけをつくり続けてきた契約書専門の行政書士

損害賠償リスクの調整について

なにかミスが起きたとき、 それが 誰のせいかを考えることは、 たしかに原因の要素を発見することに役立つことがあろう。

しかし、 それが単なる犯人探しだとしたら 無意味だし、 士気が下がるだけなので やめたほうがよい。

大事なのは、 いかに適切にシステム化して、 リスクを減らすか、 あるいはリスクを管理可能な状態におくかである。

そのために、 誰のせいかを考えるよりは、

それはなぜ起きたのか? 理想の状態とくらべてどんなギャップがあるか?

そして、

ギャップはどうすればうまるか?

を考えなければならないと思う。

リスクについては、 高度な抽象化、 構造化ができないと、 答えを出せない問題である。

「誰のせい」だ とかいっている次元では、 なかなかリスクを管理下におくことはできないんである。

さて

契約書はまさに リスクをコントロールするために検討する。

ビジネスにおける契約のリスクと聞いて 最もイメージしやすいもののひとつは 損害賠償ではないか?

損害賠償とは?

すこし専門的にいえば、 瑕疵担保責任債務不履行責任、 不法行為責任等に基づいて、 通常は金銭的に、 補償する責任である。

ようは、

なんかあったら金もってこい、

の世界である。

契約書で このリスクを管理することを考えよう。

まずセオリーをいえば、 契約書では 要素に分解して考えるのがコツだ。

つまり 1 「なんかあったら」、 とは、 具体的になにがあったらなのか?

そして、 2 「金もってこい」 とは、 金額的にどのくらいをどのように負担することとなるのか?

という構造化、 チャンクダウン、 あるいは分解である。

要素に分解することが、 まさに抽象化、構造化なんであり、 契約書検討の最大のコツである。

さて、 分解ができたところで、 自社にとってのぞましい「解」をみちびき、 しかるのちに契約書の条項として あてはめていかなければならない。

たとえば、 「責任の制限」 について規定しておくことがある。

つまり、 損害賠償責任の範囲・金額・請求期間について、 これを制限する規定をおくことができる。

もちろんこれらのコツは、 当事者の一方にとって有利に、そして 他方にとっては不利にはたらくことなので、 かけひきになることは念頭におかれたい。

そのビジネスでとりあつかわれる、 個々の商品(サービス)に応じて、 個別に決定できるように検討してほしい。

さて責任の制限も 要素に分解できるというはなし。

たとえば 損害賠償責任の成立にスポットをあて、 成立は帰責事由のある場合に限定すること。

これはかなり汎用性があり 重要なテクニックである。

損害賠償責任について 過失責任(帰責事由を要件)と規定(確認)することで、 ときとして多額に上ることのある損害額に 一定の枠組みをもうけたい意図があるわけだ。

ちなみに、 請負契約で納品した物品の瑕疵を修正する責任など 一般的に無過失で負う責任と解釈されるようなものに関しても、 「過分な費用を要する場合」といった表現で、 ようするに 広大な草原の一部を柵で囲うように、 責任をある程度制限する規定を常に念頭におきたい。

理論上にせよ 無制限に自社の責任が ひろがらないようにしたいからである。

ところで 損害の範囲について制限を設ける場合、 損害の性質に着目した 色分けをすることがある。

比較的有名な単語だけど、 通常損害、 特別損害というやつだ。

「具体的になにがそれぞれにあてはまるのかわからないじゃないか」

という批判も多いが、 使い勝手がいいため 個人的にもなんとなく捨てきれないでいる伝統的スタイルだ。

なにがいいたいかというと、 通常損害のみについて責任を負い、 特別事情による損害、 逸失利益についての損害や間接損害を負わない、 いいかえれば、 直接の結果として現実に被った通常の損害に限定して損害賠償を負う、 という規定のしかたが 考えられるのである。

まあ これも難しく考える必要はなく、 ようするに範囲を設定する、 あるいは狭めるか限定することで、 リスクをコントロール下におくのだと考えればいい。

つまりこれも 草原に柵をうちたてる パターンなのだ。

さらにコツを続けよう。 損害賠償請求を行う場合について 請求期間を規定してしまう という手も一考に値する。

たとえば納品物の検収完了日か あるいは業務の終了確認日から○ヶ月間という 具合である。

さらにもっと具体的、 直接的に 限界設定をしてしまう手もある。

すなわち、よくある 損害賠償の累積総額の上限額 を設定する規定である。

この規定をするときの最大のコツは、 「請求原因の構成如何に関わらず」 上限を設定するということである。

これも わずか数行ので言ってのけてしまっているが、 かなり重要なテクニックだ。

(なぜこの文言が重要かは、 ぜひじっくり考えていただきたい。)

あるいは賠償と言う論点を、 逆から定義する、 つまり、 賠償ではなく免責で規定することもできるだろう。

つまりなにかがあったら賠償する、 という規定ではなく、 こういう場合には賠償しない(免責される) といういいかたをすればいいのだ。

画家が人の顔の輪郭をえがくとき、 顔の輪郭をみるのではなく、 顔以外の空間を描くことで、 顔が浮かんでくるようなイメージである。

せっかくだから、 相手方が露骨に免責ばかりを契約書で 主張してくるとき、 完全に譲歩で終わりたくない場合の ちいさな反論テクニックをいえば、 これも「分解」(あるいは場合分けといってもいい)が王道だ。

すなわち、 ○○に関しては免責だとする相手方に対して、 でもこういう場合は免責されない、 とカウンターしておけばいいのだ。

具体的には、

損害賠償義務者に 故意重過失がある場合には 免責は適用されないですよね?

などと主張して その旨の条項をつけくわえてもらえばよい。

損害発生の原因が故意による場合には、 多くの判例で免責・責任制限に関する条項が無効と考えられているし、 これを重過失の場合にも展開して同様に無効と主張したところで、 相手が反論できるとは思えない。

損害賠償も、 ようは定義の分析、構造化によって、 ファクターをいくつか並べ、 自社の都合やリスクによって、 それぞれのファクターを調整していけばいいことが お分かりだと思う。

ひとつだけ例文をのせる。

(あえて双務規定になっているので 適宜調整して活用してほしい)

「発注者及び受注者は、本契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、(○○○の損害に限り)損害賠償を請求することができる。但し、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる契約に定める納品物の検収完了日(業務の終了確認日)から○ヶ月間が経過した後は行うことができない。 2. 前項の損害賠償の累計総額は、債務不履行、法律上の瑕疵担保責任、不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった契約に定める○○○の金額を限度とする。 3. 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。」