読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

わかる! 使える! 契約書の基本

契約書は経営、起業・独立、副業に必須のスキルです! 自分で契約書がつくれると楽しいですよ

競業避止の合意は、公序良俗に反するか? おもしろい判例 2

オフィシャルサイトでは参考にしていただきたいビジネス契約書のサンプル集を無料でダウンロードできます。
きのうの続き

結論部分。

------------------------------------------------------------

第3 当裁判所の判断

1 事実関係

請求原因(1)ないし(3)の事実及び同(4)の事実(ただし,開校の時期を除く。)は当事者間に争いがない。

これらに,証拠(甲1ないし11,乙1ないし4)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。

(1) 原告は,各種カルチャー教室の経営,歌手・タレント・作詞家・作曲家の育成等を目的とする会社であり,アカデミーを運営している。アカデミーは,話すためのヴォイストレーニングを専門的に行う教室であり,1750名余の生徒を擁している。Gはアカデミーの講師を雇用している会社である。

Bは両会社の代表取締役を務めている。

(2) Bは,ヴォイストレーニングに関する著書やDVDを多数発売しており,アマゾンの書籍紹介には,「これまでになかった『話すための専門のヴォイストレーニング&ティーチングを行う』Fアカデミーを立ち上げ」と記載され,また,アカデミーのホームページには,「今までになかった!『話す』ため専門のヴォイストレーニング」と記載されている(甲10,11)。カデミーにおける生徒に対する接し方や話すためのヴォイストレーニングの指導方法及び指導内容,集客方法・生徒管理体制等のノウハウは,Bにより長期間にわたって確立されたもので,独自かつ有用性の高いものである。

(3) 被告は,大学在学中の平成9年から2年間,C声優養成所二部一期生に所
属して声優の基礎を学び,卒塾後は,株式会社Dの研究生としてラジオドラマや再現ドラマの出演等の活動をし,同社の研究生終了後は朗読公演,演奏会影アナウンス等の活動をした。

(4) 被告は,平成18年5月にGに雇用され,以後原告が運営するアカデミーに講師として週1日のアルバイトとして働いてきた。被告のアカデミーにおける仕事の内容は,ヴォイストレーニングの講師とそれに関する事務作業であった。Bは,入社面接の際に被告がヴォイストレーニングの講師として勤務した経験がないと聞いていたことから,平成18年5月ころ被告に対し,生徒に対する接し方や話すためのヴォイストレーニングの指導方法及び指導内容,集客方法・生徒管理体制等,講師として働く上で必要な事項を指導した。そして,原告は被告に対し「受付事務マニュアル」(甲8)を交付し,これに基づいて,受付の対応に関するアカデミー独自の具体的な方法を伝えた。このマニュアルには,受付事務に関し,その心構え,受講生に対する応対の手順の詳細,通常レッスンと体験レッスンに関する事務手続など,集客方法・生徒管理に有用な情報が含まれていた。また,原告は被告に対し,「Fアカデミー 体験レッスンの手順」(甲9)を交付し,これに基づいて授業のノウハウを伝えた。ここには,「受講生の出迎え」「自己紹介」「体験レッスン開始(体験レッスンの意味,指導内容の伝達)」「腹式呼吸のデモンストレーション」「発声のデモンストレーション」「滑舌のデモンストレーション」「実践編」等の体験レッスンの実施についての独自の有用な情報が含まれていた。さらに,原告は被告を含む各講師に対し,授業ごとに授業した内容や生徒の問題点,改善点などを記載したカルテを作成するように指示した。

(5) Bは,平成20年3月,被告に正社員への登用を打診した。しかし,被告は,週1回の勤務のまま在籍することをためらって退社を決意し,Bに対し,親戚からお見合いの話があり同年5月末に退職させてほしいと伝え,後に名古屋で結婚が決まったと話した。原告は,話すためのヴォイストレーニングを行うための指導方法及び指導内容という原告独自のノウハウが,原告と競合関係に立つ者に不当に利用されることを防止するため,原告の運営するヴォイストレーニング教室に勤務する講師に対して誓約書等を提出してもらい,退職後3年間,競業避止義務を課すこととしており,被告に対してもこれを求めた。被告は,平成20年6月28日,原告の上記求めに応じ,本件誓約書(甲1)と本件秘密保持誓約書(甲2)を提出した。本件誓約書には,「4 業務上の機密・個人情報は,在職中はもとより退職後といえども,開示,漏洩もしくは使用しないこと。」が含まれており,本件秘密保持誓約書には,次の約定が含まれていた。

「(秘密保持の誓約)
第1条 社内規定を遵守し,次に示される貴社の技術上または営業上の情報(以下「秘密情報」という)について,貴社の許可なく,いかなる方法をもってしても,開示,漏洩もしくは使用しないことを約束致します。
① 財務,人事に関する情報
② 顧客に関する情報
③ 学校運営上のノウハウ
授業のノウハウ
⑤ 貴社が特に秘密情報として指定した情報

(退職後の秘密保持の誓約)
第3条 秘密情報については,貴社を退職した後においても,私自身のため,あるいは他の事業者その他の第三者のために開示,漏洩もしくは使用しないことを約束致します。

(競業避止義務の確認)
第4条 私は,前条を遵守するため,貴社退職後3年間にわたり,次の行為をしないことを約束致します。
① 貴社と競合関係に立つ事業者に自ら就職したり,役員に就任するこ
② 貴社と競合関係に立つ事業を自ら開業又は設立すること

被告は,平成20年7月12日に退職覚書(甲3)を提出した。

上記覚書には,
「私は,貴社を退職するにあたり,以下の事項を遵守することを誓約致します。」,「平成20年6月28日に提出致しました貴社との秘密保持に関する誓約書,及び誓約書を守り,また退職によって生徒を困惑,退会させ,貴社に損失,迷惑がかからないよう,生徒の保持に努めると共に,誠実に引継ぎ業務を行ないます。なお,秘密保持に関する誓約書第4条の競業避止義務を遵守するにあたり,従業員及び生徒の引き抜き行為は一切行ないません。」との記載があった。


(6) 被告は,退職後の準備として,ホームページ制作会社に平成20年9月以降にホームページを開設したいと伝えたところ,「インターネットは,開設後2週間はほとんど反応が出てこないと考えていいので,9月から活動するのであれば,9月に出すのでは遅すぎます。」と言われ,同年8月後半からヴォイストレーニング教室を宣伝するためのホームページを開設した。被告は,平成20年8月30日にGを退職し,そのころ東京都中野区に「A教室」を開校し,今日に至るまで同教室を運営している。

(7) 被告が開設したホームページは,次の内容を含んでいる。(甲4ないし6)

ア A教室
東京都中野区にある話す声のボイストレーニング・朗読教室話す声のボイストレーニング(個人レッスン)レギュラートレーニングコースレッスン受付時間

平日・土曜日 10:00~20:55(最終受付20:00)
日祝 15:00~20:55(最終受付20:00)
2010/6/15 6月の1DAYレッスン日程UPしました。
レッスンを担当する講師

E ボイスアドバイザー

イ レギュラートレーニングコースの紹介
(ア) ストレッチ・腹式呼吸のトレーニング
(イ) 表情筋のトレーニング
(ウ) 発声のトレーニング
(エ) 滑舌のトレーニング
(オ) チャレンジトレーニング,実践トレーニング
(カ) 録音トレーニング


2 被告の反論(1)(本件競業避止合意は公序良俗に反するか)について

(1) 被告は,本件競業避止合意は合理性を欠き,公序良俗に反し無効であると
主張する。

しかし,本件競業避止合意は,その規定全体からみて,原告が顧客に関す
る情報,学校運営上のノウハウ,授業のノウハウ等の秘密情報を保有していることから,従業員に退職後も秘密情報の保持を誓約させ,秘密情報を保持することを目的とするものと解される。そして,アカデミーにおける話すためのヴォイストレーニングを行うための指導方法・指導内容及び集客方法・生徒管理体制についてのノウハウは,原告代表者であるBにより長期間にわたって確立されたもので独自かつ有用性が高いことは前記1認定のとおりであるから,本件競業避止合意は原告の上記ノウハウ等の秘密情報を守るためのものということができ,目的において正当である。また,本件競業避止合意が被告に対し原告退職後3年間の競業行為を禁止するのも,上記目的を達成するための必要かつ合理的な制限であると認められる。このように,本件競業避止合意は目的が正当であり,その手段も合理性があるから,公序良俗に反しない。

(2) 被告は,本件競業避止合意が公序良俗に反すると主張し,その根拠として,①Bの確立した指導方法・指導内容及び集客方法・生徒管理体制についてのノウハウは独自性がなく価値が低いこと,②被告は週1回(実働7時間)のアルバイト従業員にすぎず,給与は時給制で研修受講時は時給800円それ以後は時給900円ないし1200円であったこと,③競業避止期間が3年間と長期間であり,そのうち既に2年間は経過していること等を挙げる。

しかし,上記①については,原告のノウハウに独自の有用性があることは前示のとおりであり,また,乙1ないし3(他のヴォイストレーニング教室のホームページ)はこれらの教室の存在がうかがえるだけであって,原告のノウハウに独自の有用性があるとの判断を左右するものではない。上記②については,被告はヴォイストレーニングの講師の経験がなかったところ,Bから話すためのヴォイストレーニングに行うための指導方法及び指導内容等についてノウハウを伝授されたのであるから,本件競業避止合意を適用して原告の上記ノウハウを守る必要があることは明らかであり,被告が週1回のアルバイト従業員であったことは上記判断を左右するものではない。上記③競業避止期間3年についても,原告のノウハウ保護という本件競業避止合意の目的との関係において長きに過ぎるとはいえない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。

3 被告の反論(2)(本件誓約書等は心理的強制によるものか)について

被告は,本件誓約書等は退職間際の時期に心理的に強制されて誓約させられ
たもので,対等な当事者としての合意とはいえないから,その誓約の効果も制
限され,被告に対しその遵守を法的に強制することはできないと主張する。被
告の上記主張は,その趣旨が必ずしも明らかでないが,心理的に強制されて誓
約された本件誓約書等は法的拘束力を有しないというものと解される。しかし,仮にある合意が心理的に強制されたとしても,これによって直ちに法的拘束力がなくなるとはいえず,被告の上記主張は採用することができない。

この点をおき,被告が心理的に強制されたかどうかについて検討すると,被
告の陳述書(乙4)には,「Bから今度誓約書を作るようになりましたと決めつけるような表現で言われ,Bのいうことは絶対だという雰囲気が教室にあったため週1回のアルバイトの被告が反発することは考え及ばなかったこと,他の退職した講師が独立して活動していることが判明したときに,連絡ノートに「このままではすましません」というBの一文が書かれているのを見て,Bに逆らうと自分が教室の中でどんな状況に追い込まれるのか不安にかき立てられ,誓約書の署名を拒否してそのせいでレッスンの質が下がってしまうといった事態を避けるためには誓約書に署名しないといけなかった」との陳述記載部分がある。

しかし,被告は,退職の意向を表明した後に原告から誓約書等への
署名を求められ,1か月後に本件誓約書等に署名しており,署名した2か月後に退職したことは前記1認定のとおりであるから,これらの事情に照らせば,上記陳述記載部分はたやすく信用することができない。他に被告が心理的に強制されたことを基礎付ける具体的な事実の主張及び立証はない。

4 被告の反論(3)(差止めの要件)について

原告と被告間で本件競業避止合意が成立していること,被告は退職後東京都
中野区に「A教室」を開校し,今日まで同教室を運営していること,被告の開設するホームページには上記ヴォイストレーニング教室を宣伝しており,同教室で「話す声のボイストレーニング」を行う等旨の記載があることは前記1認定のとおりである。これらの事情を総合すると,被告が話すためのヴォイストレーニング等を行う教室を開業する行為は,原告と競合関係に立つものであって,本件競業避止合意に反する。これらの事情に,被告は今後も同教室を運営する意思を有していることを併せ考慮すると,話すためのヴォイストレーニングを行うための授業方法,授業内容等についての原告のノウハウを保護するためには,被告がホームページ及びブログ等を作成してウェブ上に公開することによって同教室の宣伝,勧誘等の営業行為をすることを差し止める必要性が高というべきである。

被告は,差止め請求が認められるためには,当該行為を放置しておくと回復し難い損害が生ずるという事情をも原告において主張立証することを要すると主張する。しかし,本件競業避止合意に反する競業行為が行われている以上,
競業行為に当たる営業行為を差し止める必要性があることは前示のとおりで
あり,それ以上に原告において当該行為を放置しておくと回復し難い損害が生
ずるという事情まで主張立証する必要はない

5 被告の反論(4)(本件訴訟の提起は権利の濫用か)について

被告は,本件訴訟の提起が権利の濫用に当たると主張し,その事情として,

①原告が本件訴訟を提起したのは,退職から2年後に被告のホームページを見
つけてからのことであり,時期が遅いこと,
②原告に損害が発生しておらず,
競業関係にないこと,
③競業避止義務が退職後3年間というのは長期に過ぎる
こと,
④被告の教室は個人事業で,原告の経営規模とは比較にならないほど小
さいこともあり,原告にとって経済的な意味はなく,本件請求は形式的な書面を奇貨とするものであること等を挙げる。

しかし,

上記①については,原告は,被告から退職して名古屋で結婚すると
聞かされていたことから,被告が退職後に都内でヴォイストレーニングの教室を開設することは想定できなかったと考えられ,このような原告が被告のホームページを発見するのが遅くなったことを被告自身に非難されるというのは本末転倒である。

上記②については,被告が退職後に競業行為を行っており,こ
れにより授業方法,授業内容等についての原告のノウハウが侵害される現実的な可能性がある以上,これを守るために本件訴訟を提起するのは正当な権利の行使であって,他に具体的な損害の発生まで立証する必要はない。

上記③につ
いては,競業避止期間が3年であることは原告のノウハウを守るために長きに過ぎるとはいえない。

上記④の被告の経営規模が小さいことは,原告のノウハ
ウを守るという目的を否定する事情にならない

他に本件訴訟の提起が権利の
濫用に当たることを基礎付ける事情の主張及び立証はない。

6 結論

以上によれば,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。


東京地方裁判所民事第5部
裁判長裁判官 畠 山 稔
裁判官 熊 谷 光 喜
裁判官 瀬 戸 信 吉

おわり

---

特に興味深いのは、

「競業避止期間が3年であることは原告のノウハウを守るために長きに過ぎるとはいえない。」とされていること。

競業避止義務を何年間課すのかは、
よく問題になるポイントだが、
目安として非常に参考になる。

また、「被告の経営規模が小さいこと」が主張され
反論につかわれているが、
明確に否定されている点も非常に重要。

経営規模が小さいからといって、
それをもってただちに競業にあたらないとか、
ノウハウの流出という問題にならない、
という抗弁はむずかしいということだからだ。